さよならとの決別 


 まだ青いガキだった頃の苦い思い出は今でも脳内にこびりついて褪せない。
 おれが島を出るまでまだ時間はある。もっと強くなって、海に出ても問題ないように、かつ医者としてもっと成長してからこの島を出るのだと決めていた。その間にゆっくり関係を深めていけばいいとタカをくくっていたあの頃。告白もいつかはしようと決めていたがそのいつかが来る前になまえは親の引越しが原因で島を出た。またスワロー島に来ることもあると思うからとなまえは笑ったが、所詮子供の口約束。会える保証などどこにもない。かといって親元から無理やり引き離すことも出来ず、散々逡巡した結果、おれは仕方なく諦めた。もう忘れようと。そう思い数年。
 海に出て海賊として名を馳せた今に至ってもずっと忘れられなかった。ローくんとおれを呼ぶ声も、話した内容も笑顔も全て鮮明に覚えている。町外れに住んでいたおれ達の家を訪ねようとしたら迷子になって森の中で泣いていたのをおぶって家まで送ってやった。遊んでいる途中豪雨になり、雷が怖いと泣くなまえの手を初めて握って小ささに驚いた。一緒に釣りをした。深くはない森の中を探検した。海賊になるのだと話したら目を輝かせ、私も連れていってねとはにかんだなまえに守れるくらい強くなろうと更に鍛錬を重ねた。
 彼女との思い出は色褪せることを知らず、ずっと胸の内にある。
 だから、とうに島を出て取り巻く環境の変化にも慣れてきて、懸賞金も順調に上がり続けなまえと離れて何年も経っていたおれが街中で彼女を見かけて瞬時に気づけたのは恐らく必然。


 ◆
 

「……なまえ?」

 自分の名前を呼ぶ声に振り返る。人が行き交う街中に見知った顔はいない。首を傾げ、気のせいだったかとまた歩き出そうとすると再度自分の名前を呼ぶ声。それに加え自分の肩に手が置かれるというオプションが付いた。

「えっ」

 おっかなびっくり見上げると見知らぬ男性。肩に置かれた手はタトゥーだらけだし、何より目の前の彼はかなり大きい。私の頭が彼の肩辺りにくるためかなり見上げなければならず中々に首が辛い。しかもその身長に負けないくらいの大刀を持っている。しばらく無言の攻防が続き、折れたのは私だった。

「どちら様ですか?」

 私の当然の疑問は彼にとって予想外のものであったらしく、小さな舌打ちが聞こえた。迫力満点の見た目の見知らぬ男に舌打ちされたことで意図せず体が震えた。

「覚えてねェのか」
「さっぱり……」
「……ローだ。トラファルガー・ロー。スワロー島でいつも一緒だったじゃねェか」

 そこまで聞いて私はようやく――ようやく、記憶の中の友人と目の前の彼を結び付けることができた。

「えっ、ローくん!?」

 記憶の中の彼と目の前の彼とでは帽子が若干違っているし、声は低く、背は高く、何より人相がかなり悪くなっているため中々気づかなかった。タトゥーは既に入れていたような気はするけどこんな腕全体に彫っていなかったはずだ。タンクトップの隙間からも見えているが一体どれだけ彫っているのか。
 そっと彼の頬に手を伸ばし軽く引っ張る。少年特有のふっくら頬が引き締まっている。それが思いのほかショックだった。男の子の成長とは見た目も声も大きく変えてしまうものなのだ。記憶との相違に混乱するも確かにあの頃の彼の面影もある。あぁ、ローくんだ。なんだかしみじみする。

「お前、今何してるんだ」
「えっ、お買い物……」
「違ェ」

 何してると聞かれたから正直に答えたのに即座に否定され首を傾げるとローくんは引っ越した後ずっとここにいたのかと質問を変えた。

「ううん、引っ越したのは別の島。私最近ここに嫁いできたの。とはいってもまだ婚約の段階なんだけど」

 笑顔を浮かべたつもりで、ずっと渦巻いていた不安が表情に混ざってしまったのだと思う。瞬間、ローくんの顔が強ばった。もしかしたら心配してくれているのだろうか。旧友が幸せになれるかどうか。
 そうだ、ローくんは優しい人だった。一見怖そうで無愛想なのに、シャチくんにペンギンくん、ベポちゃんが懐いていたのも優しいのを知っていたから。私の初恋もローくんだったなと忘れていた淡い気持ちにこの島にきて初めて穏やかな気持ちになった。この島に友人はいないから、知っている人と話せるのが嬉しくて、まだ話していたくて、ローくんをお茶に誘った。静かに頷いたローくんと並んで美味しいと評判のカフェへ足を向ける。めっきりローくんは喋らなくなってしまったけれど沈黙も苦じゃなかった。
 まだよく知らない婚約者の顔を思い浮かべる。借金で首が回らない私を助けてくれると言うのだからきっと良い人で、私はこれから幸せになれる。忙しいから家事の一切を任せたいと言われ、婚約が決まってすぐに私はこの島に来た。彼の屋敷は別にあり、私は彼の所有する別宅を与えられた。一応一緒に暮らしているけれど仕事が忙しいようであまり彼と話す機会はない。それを寂しいと思うのは私のわがままで、よく知らない土地に来たのだからせめてご飯くらいは一緒に食べたいと言うのも私の身勝手。私の作ったご飯を食べているのすら見たことがなく、いつも食べ終わった皿がシンクに置かれているのを洗う時だけがこの家に私が嫁ぐのだと実感する術だった。

「婚約者ってのはどんな奴なんだ」
「うーん……。実は私もあんまり知らないの。でも優しい人よ。この島で一番偉い人だから忙しくって話す時間がないだけ」
「偉いってのは領主か何かか」
「えぇ、昔海兵だった父が交流があったとかで。……実はね、両親とも死んじゃって借金だけが残されて大変だったんだけど。アル……その領主様がね、私と結婚してくださるって。おかげで路頭に迷わずにすんだから、彼には感謝してるの」

 店内に入り、注文した珈琲が届く頃ようやく口を開いたローくんの言葉にやはり心配させてしまっていたと胸が痛かった。ちゃんと優しい人だと分かってもらうために両親のことと借金のことまで話したせいで余計心配させてしまったようだけど。

「ローくんは今何してるの?」
「…………海賊だ」

 言いづらそうに目を逸らし、呟くようにローくんは教えてくれた。確かに海兵の娘の私に告げるのは子供の頃ならともかく大人の今は躊躇してしまうかもしれない。
 
「すごいっ、子供の頃言ってたもんね。いいなあ。どんな冒険をしてきたの?」

 ついさっきまでほとんど思い出すことのなかったローくんとの思い出が沢山蘇ってきて、童心に返った心地で冒険譚をせがんだ。ローくんの口から語られる話はどれも想像すらしたことのないほど未知で、聞いているだけで胸が躍った。意識して明るい声を出したつもりがせがむ程に繰り出される冒険話に両親が死んでから燻っていた薄暗い気持ちも少し忘れられた。心から笑えたのは随分久しぶりだった。

「えっ、じゃあ皆もこの島にきてるの?」
「あァ、シャチもペンギンもベポもいる」
「いいなあ、久しぶりに皆に会いたい」
「……だったら、来るか?」
「へ?」
「昔……船ができたら乗りてェって言ってたろ。船にくれば皆いる」
「いいの?」

 そう首を傾げればローくんは昔と変わらない口角を上げた笑みを浮かべた。「ログが溜まるまで北の港にいる」と。旧友に会える喜びに早速明日訪ねてもいいか聞くとローくんは待ってると返してくれた。




 
「ただいまー」

 薄暗い廊下の明かりを付け、ダイニングに荷物を降ろす。帰ってくるはずのアルのためにも夕食の準備をしなければと腕まくりをしたところで後ろで何かが割れる音がした。

「なにっ……?」

 どうやら私より先に帰ってきていたらしいアルが顔を強ばらせて私を睨んでいた。

「随分、楽しそうにしてたじゃないか」
「……え」
「領主である僕の立場が分かってるのか? 君が他の男といるのを町中の人が目撃していた。おかげで僕は婚約の段階で早々と浮気されるような男だと笑いものだ」
「そんなつもりは」
「黙れ!!!」

 テーブルを飾っていた花瓶がなぎ倒され、陶器が割れる音に身震いした。さっきの音はアルが別の花瓶を落としたからだとその時になってようやく気づいた。
 この島に来てすぐ、咲き誇る花を見て自慢だと言っていたから家中に花を生けたのに、床に落とされた花は無惨にもアルに踏み潰されてしまった。

「しかも海賊だと? お前の両親を殺したのは海賊だろう」
「……海賊であっても、殺したのはローくんじゃ……」
「海賊など皆同じだ」

 座り込み破片を拾う私の頭上に影がかかった。アルが私の髪を掴んで上に引っ張る。無理やり合わさった視線が冷たく鋭利で恐怖に震えそうになるのを必死で堪えた。

「どうしました? なにか大きな音が」

 パタパタとスリッパの音が聞こえ、住み込みメイドの一人が部屋にやってきた。一旦解放され、アルが手元が狂ってしまったようだと笑顔で応対するのをぼんやり眺める。奥様はそそっかしいところがございますものね、とメイドが慰めるように私に微笑みかけ、箒を取りに廊下をかけていった。

「今晩は夕食はいい。外で食べてくる。君は僕が許可するまで外に出るなよ」
「そんなっ」
「口答えできる立場か?」

 地の底を這うような声に反論など口にできるはずもなく。力なく首を横にふるしかなかった。



 ◆



 待てど暮らせどやってこないなまえに急用が入ったのかもしれねェと割り切ったのが昨日。つまり、なまえと約束して二日が経っている。久しぶりに会える! と楽しみにしていたベポやシャチ、ペンギンもなまえに何かあったのかと落ち着かない。
 ここの領主――アルバートにはきな臭い噂があり、そいつと婚約しているというのも気がかりだった。
 クルーに探らせている間おれはおれでなまえの様子でもこっそり見に行くか、来るかもしれないのだからここで待つか考えあぐねているうちにベポが大きな足音をたておれのいる部屋のドアを豪快に開け放った。衝撃で微かに埃が舞う。切羽詰まった顔のべポの後ろから同じ顔をしたシャチとペンギンがキャプテンと情けない声を上げた。

 報告によると彼女は掣肘を加えられているようだった。問い質したアルバートの部下によると部屋に閉じ込められているらしい。電伝虫は使えるのかもしれないが、生憎連絡先をお互い知らない。どうせすぐ会うのだからと重要視せずにいた自分を呪うもすぐに頭を切替える。
 好いた女と再会できた偶然を逃す気は毛頭なかった。とはいえ、いつ結婚するか分からない以上早く手に入れなければならない。何せ相手は領主だ。結婚してしまえば容易に手が出せなくなる可能性がある。だからこそ、どう領主から引き離すか思案していたから、彼女には悪いがこれは好機だとクルーに指示を飛ばす。非道な婚約者から救い出すという、無理やり拐うより、理由をつけてここから連れ出すよりも遥かに好意的に彼女を連れ出すことができる算段が付けられたことに上げた口角を戻せそうになかった。

「お前ら、よく聞け」
「アイアイ!!」
「あいつを、攫いに行く」



 
 
 もう一つ報告を受けていた領主の噂の出処をどうにか叩けないかクルーを派遣させ、同時に入手した屋敷の案内図を元に数人のクルーを見張りに行かせる。領主についてはある程度調べはつき、胸糞悪い真実も見えてきたが、一週間経っても肝心のなまえを見つけ出すことは出来なかった。

「どうなってやがる……!」
「屋敷内にはどうやらいないようです。領主しか知らない隠し通路でもあれば話は別ですが、どこか違う所にいると考える方が妥当かと」
「くそっ」
「それともう一つ」
「……なんだ」
「なまえの両親を殺したのはアルバートだという情報が」
「何……?」

 あの事実が発覚した以上、なまえが被害にあっていないなど十中八九有り得ないというのにどうか気の所為であれとの願いは呆気なく破れた。その事実を知った今これ以上無駄足を踏むわけにはいかない。両親を殺してまで婚約したとなると更なる裏がない方がおかしい。行方が分からないなまえに最悪の事態を想像して檄を飛ばした。

「屋敷には最低限の人数を残して島中探せ、それとシャチ、ジャンバールはおれと来い」
「どこへ行くんで?」
「アルバートの所だ……!」


 ◆


 アルがここまで怒るのを見るのは初めてだった。メイドからは屋敷と仕事場の往復で忙しいようです、と申し訳なさそうに頭を下げられた。私と暮らそうと言ってくれたこの家へ帰ってくるのは何時になるのやら。ローくんとの約束も果たせそうにないのでせめて言付けをと頼んだが伝わっているかどうか。外にも出られずぼんやりと窓の外を眺めると白いつなぎを着た人が走り回っているのが目に入った。つなぎには海賊マークが大きくプリントされており、他にも海賊がいるのならローくんは大丈夫だろうかと心配したものの、それよりアルがローくんになにかするのではないかと気が気でなかった。
 ローくんに会えたのはきっと神様からの贈り物だったのだ。アルと正式に結婚すれば私に自由は無い。領主の妻として節度を持ち、この島のために働かなければならない。アルは海兵の娘であり、いくつかの島を渡った君だからこそ見える視点でこの島を導いて欲しいと私の手を取った。それに不満は無いけれど、自由が失われた自分の将来を想像し、後ろ髪を引かれる思いもある。ここには領主の妻となる私と対等に話してくれる友人もいない。
 だからローくんと話せたのは本当に嬉しくて楽しかった。ローくんに会えたことに浮かれ、安易にお茶に誘った私はなんて愚かだったのだろう。ローくんは海賊になったと知った時点で離れなければならなかったのに。
 アルが会いに来ないのも自覚が足りない私に頭を冷やせと言いたいがためだろう。
 でもアル。私も旧友と話す自由くらい欲しいの。
 両親が死んで頼れるのはアルだけのこの状況が私の心に影を落とす。涙が止まらなくなって、こんな姿を島民に見られたら良からぬ噂をたてられてしまうと慌ててカーテンを締め切った。
 陽の光が差さない部屋で膝を抱える。しっかりしなければ。私は領主の妻になるのだから。そう叱咤はすれど自分の甘えた部分がどうしても拭いきれない。思考はどんどんネガティブな方へ落ちていき、静かな空間に飲み込まれそうだ。そんな私の意識を現実に浮上させたのはメイドの叫び声だった。「海賊……!」と怯えた悲鳴のする方へ慌てて駆けつける。

「ベポちゃん……!?」

 オレンジのつなぎに身を包んだ旧友が鋭い目でメイドを見下ろしている。私の居場所を訊ねていたようで、私を視認すると破顔して駆け寄ってきた。

「良かった!! やっと会えた!!!」
「ベポちゃん、どうしてここに」
「説明は後!! 逃げるよ!!!」
「えっ」

 手を引っ張られ、もつれそうになる足を叱咤しながら懸命に動かす。ベポちゃんと並走する白いつなぎに昼間見たのはローくんの仲間だったのだと悟った。
 街のあちこちで怒号が飛び交い、私のことなんて誰も目に入らない様子だった。何か大変なことが起きていると理解してもその何かが分からない。ローくんは、アルは無事なのか。どこにいるのか。民家に被害はないようだが、アルのいる屋敷で炎が上がっているのが見えた。
 やがて港に停泊していた潜水艇へと連れられ、ダイニングらしき部屋へ通される。急に連れ出してごめんと謝るベポちゃんに首を振った。

「全員いるか!!!」

 扉が軋むくらい勢いよく開け放たれ、ローくんが入ってきた。全員いると怒号のような返事が飛び交い出港だと指示を飛ばすローくんに待ってと声をかける。怒りと葛藤が入り交じった表情に戸惑う。ベポちゃんが私の肩を掴んだ。

「……………………ねえ、アルバートについてどこまで知ってるの?」
「アル……?」
「答えて」
「アルは、私を助けてくれたのよ」
「そっか……」

 肩を掴んでいた手で私の手を包むベポちゃんを見上げる。俯いたローくんが絞り出すような声を上げた。

「……アルバートは助けられなかった」
「え……?」
「他の海賊が領主のいる屋敷を襲撃したらしい。なまえの身も危ないとベポに命じて連れ出した。怪我はねェな?」
「そうだったの……。私は平気。ローくんは?」
「大丈夫だ、少しここで待ってろ」
「うん……」



 ◆


 なまえのいるダイニングから離れ、操舵室で周りの様子を伺いながら本題に入る。万が一、なまえの耳に入らないように、余計な苦慮をさせないために。なまえといるベポを除く全員が一堂に会しているのを確認し、テーブルの上に紋章の書かれた懐中時計を置いた。そこにはなまえの父の名が刻まれている。

「これをアルバートの部屋で見つけた」
「……やっぱり、海賊に殺されたってのは」
「あァ、嘘だ。アルバートは遠征の度に子のいる親を殺し、天涯孤独になったところを奴隷にし、近隣に売ることで富を得ていた。……殺す間際おれは海兵にだって手を出せるほどの力を持ってる、生かしてくれるなら海賊などやる必要のないほどの富をやるとかほざいてたな」

 死に際までなまえを心配することもなく、命乞いをする滑稽な姿に失笑すら出なかった。
 
「……何故、婚約だなんて言ったんでしょうね」
「……なまえの親が借金していた相手がアルバートの得意先だったようでな。借金よりもなまえに興味がいったらしい。アルバートはなまえを好みの奴隷として調教しろと命じられていたそうだ。あいつは仮にも表向きは領主だからな。堂々と奴隷は飼えない。調教するのに婚約者のフリをさせた方が手っ取り早かったんだろ」
「やっぱ、きな臭い奴はろくでもないのと関わってますね」
「…………いいか、この事実をなまえが知る必要はねェ。アルバートは不運にも居合わせた海賊に殺された。それだけだ」

 神妙な面持ちで頷くクルーに後は任せたと言い残しなまえの待つダイニングへ戻る。不安そうな顔にもっと早く見つけ出してやれればと胸が痛んだ。当初の連れ出す算段とは違った形になったが、それでもなまえにとって一番いい形で船に乗せられたと自分を納得させるしかなかった。

「ごめんね、ローくんありがとう。私ちゃんと迷惑にならないようにするから」
「迷惑だなんて考えなくていい」
「……だから、出来れば街のある島で降ろしてもらえると、助かります……」

 段々と尻すぼみになるなまえにおれ達が一番近い友人だったのは過去のことだと突きつけられた。だが、ここで引くほど軽い気持ちで長年想っていたわけじゃねェ。
 
「なまえ」
「えー!! なんで!!」

 おれとベポが同時に声を上げると大きな目を更に大きくさせ瞬きする。でも、と口ごもるなまえにずっと航海しようと訴えたのはベポだった。人の台詞を取るんじゃねェよ。

「……ベポの言う通りだ。そもそも、おれはずっとなまえを探してたんだ」
「え?」
「……なまえがスワロー島を出たあの日からな」

 忘れようと別の思い出で塗り替えようとしても無駄だった。何をしてもなまえの姿が浮かぶ。二度と会えなかったとしてもなまえを想い続けるのは必定。だから、もう手の届かない距離になど行かせるものか。

「…………いつか、なまえの方からも離れられなくしてやるよ」

 だから、今はとりあえず。彼女が自然に笑える日まで、その憂いを拭ってやろうと思う。


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